スベリスト夏目の歴史からものごとを考えるブログ

現役放課後等デイサービスが伝える発達障害の支援方法や歴史学観点から見た教育や子育て方法について

スベリスト夏目の自己紹介―ごく普通の社会人がブログを始めたきっかけについて

どうもスベリスト夏目です。


私は現在20代の会社勤めをしている社会人です。


そんな私が何をしている人間で、なぜブログをしているのかについて今回は書いていきたいと思います。

目次

1.スベリスト夏目の半生について


私は愛知県知多郡美浜町という町で生まれました。


人口は2万人ほどで家の周りは田んぼや山があったり、


5分ほど歩くと海も近くにありました。


そんな町で育った私はすくすくと自由な子どもとして育ちました。


あるときはリトルワールドで迷子になり、


あるときは自転車で隣町まで1時間走ったりといろいろなことを勝手にする子に育ちました。


そして、小学校の高学年になって三国無双にはまり、社会の歴史に興味を持つようになりました。 
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それで、一生懸命社会の歴史を勉強した結果、


テストで100点をとったり、


学年1位をとることができました。


しかし、それで周りから言われたのが

「マニア」

「歴史オタク」


家族からは「社会だけいい点とっても意味ないよ。あんたは理系に行くんだから数学や理科の点数をもっと上げなさい。」と冷ややかな目で見られました。


しかし、そんなことにもめげずに歴史を学び続けました。


高校の進路の時に歴史関係の仕事につきたいことを、


日本史の教師に相談したところ「学者は金にならんからやめたほうがいいよ」


と実際にやっていた人から言われたので、


他に歴史の仕事で思いつかなかったので教員になることを選びました。




それで大学に行った後も、歴史のことを学び続けて教員の免許をとり、中学校の非常勤教師として働くこととなりました。


また、たまたま社会の教員免許を取る際に博物館学芸員資格というものも取ることができたので実は博物館で働くこともできましたが、そちらは採用されませんでした。

2.社会人になってからの苦悩

2-1 中学校非常勤時代

中学校の教員生活は非常に楽しいものでした。



朝から子どもたちと関わることができ、授業、給食、部活などを通して様々な経験をともにしました。



なぜかそのときはメンディーというあだ名で呼ばれていました。
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1年目で授業の仕方がわからず、夜遅くまで準備をしてなかなか帰ることができずに大変でしたが、好きなことをしているという実感からか嫌な感じはしませんでした。


ただ授業をしている中で、悶々とするところもありました。



社会の教員免許を持っていますが、意外と社会のことがわかっていないのではないか?
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そんな中で、進路のことになり子どもと話すことになりました。


将来のことについて話す際にほとんどの子が「勉強して、将来は楽をして働きたい」ということを聞いて衝撃を受けて、世の中のことを知るために一度会社勤めをすることに?

2-2 良いものも悪いものも社会の経験として

教員を辞めて最初は名古屋で派遣社員をしていました。



そしてその年の4月の誕生日に、仕事と自転車を失うという経験をしました。



ダブルパンチです!


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世に言う派遣切りというものを経験しました。


その後また違うところに派遣されましたが、毎日ストレスを抱えるようになります。


エアコンの修理のテレアポの仕事ですが、毎日のように電話をかけたり、かかってきたりの日々。

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その都度言われるのが「ふざけるな」「早く来い」「会社のみんなが困ってるんだ」「うちの子を殺す気ですか」という罵声。


7月後半から9月の頭まで毎日の様にこれが繰り返されました。


周りの従業員が逃げたり、体調不良になる中、ひと夏休まずにやり抜きました。


しかし、この仕事も長く続かず派遣切りに合います。


世の中の厳しさをこの年は痛感させられました。




2-3 子どもとの新しい関わりを学んだ放課後等デイサービスの経験


派遣切りにあったのとときを同じくして新しい仕事に巡り合います。



それが放課後等デイサービスです。


はじめ話を聞いた時は正直子どもと関わる仕事なんだろうなというぐらいな感じでいました。



新規事業所の立ち上げということで、ワクワクした気持ちでいっぱいでした。


しかし、いざ実際に研修で現場に入ると、



知的障害や身体に障害がある子が多く通っていて学校で働いた経験はあっても障害児と仕事で関わったことがない自分にできるのか不安でした。



ところが事業所を開くと、そこに来るのは発達障害と呼ばれるいわゆるグレーゾーンの子どもたちばかりでした。




正直この子にどんな問題があるのか?



と頭の中ではてなマークが浮かぶことが多々ありました。



実際に関わる中で個性が強く繊細な部分を持っている子たちで、



集団生活をするのが大変なんだなと接していく中で感じました。



同時に他の子どもたちや大人ですら持っていないような個性をもっている素晴らしい才能の持ち主なのだなと実感しました。



最初はわからないことも多く、


子どものことを否定したり、


大人の枠に当てはめようとしたりしていました。



ただそれでは駄目だと気づいてから子どもたちとのかかわり方が変わりました。



この子にはどんな個性があるのか、


どんな才能があるのかと受け入れ始めるとワクワクしている自分がいました。



今のままではこの子は将来大変なことになるという考えから、



この子はこういった才能があるからこういった道に進んだらめちゃくちゃ面白いだろうなと考えてからとても楽しかったです。



そして全力で遊びました。



そして全力でダメ出しをしました。



それは「なんでこんなことしているんだ」というのではなく、




「この程度のクオリティで満足しているの?」やっている行動ではなく、



完成度が低いのを頑張ればもっとできるとエールを込めてダメ出しをしました。



そうすると子どもはやる気を出してより全力でやりました。



今まで否定されてきたものが認められて嬉しかったからです。





子どもは大人からするとわけのわからないことをします。



それは大人にとって理解しがたいもので否定しがちです。




良いことや悪いことは、その人の都合によるものです。



行動そのものにいいも悪いもありません。



それを踏まえて支援をすることが大事だと日々実感しています。


3 仕事面ではないプライベートの失敗で学んだこと

3-1 ネットワークに引っかかる

社会人になり仕事以外でも色々なことに他を出してきました。


まずは最初に引っかかったのがネットワークビジネス。


いわゆうマルチ商法というやつですね。


社会人一年目で社会のことを知らない若造は

「誰でもできる」

「このビジネスで成功したら自分のやりたいことができる」

「不労所得で自由になれる」

などどいった甘い誘惑に誘われて気が付くと始めていました。

1年、2年ぐらいですぐに結果を出して大金持ち何て思いながらサプリメントを使い、


セミナーに通って自己啓発を行い、


周りの人よりも俺はすごいんだぞと勝手に思い込んでいました。

結果が出なくても、

「やり続けていれば絶対に結果が残せる」


「素晴らしい仲間が手に入った」


「めちゃくちゃ健康になった」


と結果が出ていなくても大丈夫な言い訳を考えていました。



そもそも自分がやっていたネットワークビジネスで大きな成功をしている人がやり続けていてもいませんでした。



そういったことから本当にこれを続けていて成功できるのかという疑念が生まれてきました。


いずれはと思いながら、


2年たってもメンバーはできず、


気が付くと自分と一緒にビジネス頑張ってやろうといったアップライン(紹介者)もいなくなり、


生活はかつかつな日々を送っていました。

そして、あるときやり続ける理由なくねーと気づきスパッと辞めました。

辞めた時は大分上のアップラインから直接電話の連絡があり、

「君はこのビジネスをやっていれば夢も叶うよ」

「しんどい時が勝負だよ」


など云われて引きとめもありましたが、


ある一定の時期を過ぎると連絡も来なくなりました。

最高の仲間だと言っていた人たちも、


グループを抜けたとたんに連絡が来なくなりました。


基本的に他の系列のグループに人は自分にとって利益にならないことはしないので、


自分みたいな他のグループに人がどうなろうと関係がないので、


熱い仲間と言っていた人たちも大したことがないんだなとと感じました。


自分は大きな借金をしてまでやっていなかったので経済的なダメージは少なくなかったですが、


失ったものは当然ありました。


おそらくこいつ怪しいという目線は今でも残っているでしょうし、


ネットワークビジネスに費やした2年間という月日は戻ってきません。


ただ後悔はしていません。


自分はネットワークビジネスの先の世界を見ることができたからです。


中途半端なところでやめていたらただお金が減っていただけですが、


先の世界を見れたのはラッキーかなと思います。


何よりも経験を得ることができたのは大きいです。


ただし、ネットワークビジネスは今の自分だったらもうやりません。

3-2 怪しいビジネススクールに引っかかりそうになる

ネットワークビジネスを始めると大体寄ってくるのが同じくネットワークビジネスをやっている人々。


それと怪しいビジネススクールをしている人。


そんな人ばかりが一時期寄ってきました。(類は友を呼ぶとはまさにこういうこと)


ネットワークビジネスよりもビジネススクールの方が強烈でした。


ネットワークビジネスは大体初期費用は25万円ぐらいで、


足りない分はリボ払いでいいよぐらいでお金の負担は少なかったですが、



ビジネスクールはえぐかったです。


入会金は100万円でした。

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4か月間通ったら自分で起業してビジネスができるようになるよと言われました。


さすがに100万円も持っていなかったので、


「お金がないのでお金がたまったら考える」と言って断ると、



「お金がたまってからでは遅いです。ア〇ム行けば借りられますので、100万借りましょう。借りる理由は両親が病気になって急なお金が必要になったといえば借りられます。」



マジかよと思わず心の中で思ってしまい、


後でやっておくねーといってその場は巻いて逃げて落ち着くために友達に電話しました。


電話に出てくれた友達ありがとうございます。



月日が経って、またビジネススクールの誘いが来ました。


今度は入会金が40万円で月々の使用料が2万と先のビジネススクールよりもお得感がありましたが、


お金を持っていない自分は断りました。


しかし、またしても例のごとくア〇ムで借りればいいと言われる。
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一瞬お金を借りそうになりますが、


ア〇ムくんが審査を通さなかったのでぎりぎりのところでセーフでした。(ぎりぎりで生きていたいわけではありません)


ア〇ムくん気を利かせてくれてありがとう。


ネットワーク、ビジネススクールとどちらも起きたのは2015年。


くしくも厄年でした。(本厄でした)


誕生日に自転車をパクられたのもくしくも同じ年でした。


厄年はなんかあるので気を付けた方がいいとこの年に痛感しました。

3-3 ネットワークビジネスとビジネススクールの勧誘から気づいたこと


そんなこんなで大変な思いをしたわけですが、この2つには意外な共通点があります。


それは



実際にビジネスで成功している人がいなかったことです。


いわゆるただの夢追い人でセミナーに行って成功した気になっている集まりであったことです。


将来カフェで起業したいからネットワークビジネスで成功してお金を稼ぐ、



ネットワークでお金を稼いで世界一周する、


ビジネススクールでビジネスの仕方を学んでから起業する。



全員に共通していたの口に出すだけでやっていないことです。



「お金がない」

「時間がない」

「人脈がない」

「能力がない」


と結局はやらないための言い訳をしているだけです。



そういったところに行くところで自分も同じです。


結局やりません。



そこに行くと、


「最高の仲間」


「私も起業しようと思っているんだ」


と同じような気持ちになれます。


一種のコミュニティになっているのですが、


そのコミュニティは夢を叶える場所ではなく夢を冷却させる場所になっています。


その場にいると夢を叶えた気持ちになりますが、


現実生活に戻ると何も変わっていません。


なので、ビジネスをやろうとしている人に会うのではなく、ビジネスをやっている人に会いましょう!



本当にやっている人たちはそんなコミュニティの場にいる人達よりも遥かに厳しいことを言うので、


自分が考えていることがいかに甘いことだったのか痛感させられます。


いきなりは厳しいかなを思っている方にお勧めなのがやりながら学ぶことです。

nattsu1991.hatenadiary.jp


そんなこんなで今はいろいろやりながらブログも書いています。


4.いろいろなコミュニティとの出会い

社会人になってからは悪いことばっかりだったんじゃないかとここまでだと思われがちですが、2016年ぐらいから少しずつ変わり始めます。


自分の感覚にあったコミュニティに出会いました。



島に行ってウッドデッキを作ったり、

関西のコンサルタントをしている人の講演会を手伝ったり、

よくわからないカフェに入り浸ったり、


ブログを始めたり、

特攻隊の舞台の実行委員を行ったり、

多くの人と出会う中で、さまざまな価値観に触れてきました。


同じように会社員をしている人や何してお金稼いでるかよくわからないけど面白い方やしっかり自分のビジネスで結果を出している人など自分の知らない世界の人々と多くの時間を過ごしました。



今の自分はそんなにすごい人ではないので、


一度出会ったぐらいでは忘れられていると思います。(私はねちっこく覚えていますが笑)


ただし、こういったところに行く中で気づいたことがあります。



自分がどういった人間で何をしている人間なのかということがはっきりしていないと覚えてもらえないということです。



ある程度人脈を広げたいと思っていても、


自分にとってメリットがあると思っても相手が感じてくれなかったら2回目はないです。



そういったことに気づいてからはあまりイベントなどに行く回数を減らして自分と向き合う時間が増えてきました。



自分が相手の方にとって価値のある存在になれたかなと思ったらまたイベントなどに参加しようとも思っています。



何もわからないうちはとりあえず色々なところに顔を出してみてさまざまな価値観に触れることが大事だと思います。

5.彼女との出会い


子どものころから大学、社会人と生活していく中で無縁だったものがあります。



それは恋愛です。


26歳まで彼女ができたことはありませんでした。



なぜできないのだろうと真剣に考えれば考えるほどできませんでした。


そしてそのことでいじられることもありました。


いろいろ見た目を改善したり、


女性の方と話す機会を増やしたりして少しでも変わればと思い行動しました。


また、コミュニケーションについてある方から真剣に学びました。これには結構お金がかかりましたが。


それで今の彼女と出会ったのが2017年の4月。

とある友達からの紹介で知りました。


お互いにその後も気になったようで、


5月に告白して付き合うことになりました。


その後自分がシェアハウスに住んでいて毎回外で会うのが面倒というのと、


一緒に住んでお互いのことをもっと早く知った方がいんじゃないかと思い、


付き合って2ヶ月で同棲を始めました。

その後いろいろと喧嘩やトラブルもありましたが、


順調に進んで両家顔合わせも済んで、


プロポーズもして籍も入れる予定です。

初めての彼女でも上手くいったのは、


その前にしっかりと自分を磨いていたからです。

そういったことをサボっていたら彼女と出会っても長くは続かなかったことでしょう。

6.不思議なことが起きすぎたカミギン島での1週間


仕事もプライベートも順調に進んでいましたが、



とあることがあって一度放課後等デイサービスを辞めています。


その後すぐに違うところに転職しました。


その間に1カ月ほど有給休暇で休みがあり、



その間を利用して海外に行きました。


それがカミギン島でのリトリートツアーです。

行くまでがそもそも試練でした。

メール返ってこなかったり、


航空券がうまく取れなかったり、


東京に行く高速バスが大幅に遅延したり、


日本にいる間だけでもトラブルが続出していました。



フィリピンに着いてからも、

泊まるホテル決めてないからどうしようと思いながらたまたま現地で一緒に参加する方と合流できて夜はなんとかできました。


カミギン島に着いてからは不思議なことがたくさんでした。


空を見上げると丸い虹が姿を表したり、

心の中で思っていたヤシの実食べたいがすぐ叶ったり、
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夜の海に入ったり、

滝に打たれたり、
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そんな日本では体験できないような体験をする中で自分の心の中にあるものがどんどん出てきました。


本当に自分が心からやりたいと思うことが何なのかわかるようになりました。


これ以来自分の軸がしっかりできて気持ちや感覚のブレが少なくなりました。


本当にいい体験でした。


7.自分がこれから本当にやっていきたいこと

現在は放課後等デイサービスで働いていますが、これから自分がやっていきたいことはたくさんあります。


7-1 ブログでの発信

これはだいぶ続けていることなのですが、引き続きやっていきたいです。


ときどきブログ見たよと言ってくれる人がいるのでとてもうれしいです。



アクセス数も伸ばしていきたいのでみなさんどんどんみてください。

まず1ヵ月で1万PVを目指してきます。

7-2 発達障がいをベースにした人材育成、コーチング、教育相談、講演活動

これは自分の学校や放課後等デイサービスの経験、それ以外のプライベートの経験から学んだことをベースに行っていきます。

人材育成に関しては、発達障がいの支援をベースにした支援型のプログラムを考えています。

現在の日本は離職率が非常に高くなっています。

大卒の3割が就職してから3年で離職しています。

そういったミスマッチが起きないように支援をベースにした人材教育を行い離職率の低下に貢献できるようなことを行っていきたいです。


また、コーチングや教育相談など発達障がいで学んだことをベースにして行っていきたいです。


7-3 リトリートプログラムの作成及び、全国展開


これが一番ワクワクすると思っていることで、一番やりたいと思っていることです。


リトリートとは日本語にすると、

  • 避難、退去、隠居、静修


といった意味がです。


私が考えるリトリートは


普段の日常生活から離れて自然の中に入っていき体や心をリフレッシュして、自分自身に向き合い本当の自分の姿を見つけるというものです。


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一般的な観光旅行とは細かいスケジュールを決めて行うのではなく、


ゆったりと一日を味わうように満喫してリフレッシュするイメージです。


世の中にまだ浸透していないことなのでこれから浸透させていきたいです。


そしてこれを全国で行っていきたいです。


旅が好きなので全国に私自身が行ければ楽しいので一緒にやってくれる仲間も探しています。

8.最後に

私自身今はそんなに大きな力を持っているわけではありません。


それでもせっかくの人生なので自分のやりたいことはやっていきたいです。


ただ一人でやるのは楽しくないのでたくさんの人を巻き込んで一緒にやっていきたいです。


なので一緒にやってくれる仲間も募集します。


私のわがままに面白そうだから関わりたいなと思っている方はメッセージお願いします。


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